人類共通の目標#1


 私達の世界には主戦論者だけではなく、世界平和を築くための強い意志をもった人々もいます。個人で活動する人もいれば、特定の団体に参加したり、また自ら組織を立ち上げたりして、話し合いや意見交換をすることで、世界平和を推進する活動を行なっている人々もいます。平和を共通の目標としたこのような話し合いの場は、世界中のさまざまな組織で、数えきれない程もたれています。これらの団体は、会議に多くの時間やお金、労力を費やし、異なる国家の間に慈しみの心や調和をもたらす活動を行っています。また、毎年、平和賞を授与して、世界平和をライフワークとしている人々の努力を世間に広め、それを称える活動も行っています。 私達は平和を追求する人々の貢献を高く評価し、賞賛しなければならない一方で、本当の世界平和はまだ実現していないという事実に気づかされます。戦争や争いは終わることなく続いています。真の平和が未だに実現していないのは、私達がその根源に立ち向かっていないからです。私達は、平和の真の姿やそれを見つける場所、また、平和を築きそれを全世界に広める方法を、まだ理解していないのです。


平和と戦争の原点となる精神#4


 人類が戦争のために、時間や資源を無駄に使っているのは大変な悲劇です。私達は、私達自身の中で起きている戦争について、もっと考えなければなりません。これは想像を越えるほど長く続く結果をもたらす戦いなのです。敵は他の人々ではなく、私達一人ひとりの中に存在する欲や、怒り、無知、さまざまな汚れた考えなどの悪なのです。これ等が人類の真の敵です。この戦いに、死や失うものは存在しません。誰も涙を流したり、悲しみや敵意を感じることはありません。その代わりに、永久に続く世界平和を、創造することができる喜びを感じることができるのです。 私達は精神を穏やかな中心に据え、この心の戦いを開始することができます。医者が高い倍率の顕微鏡で病の原因を探すように、私達は集中し、雑念のない心で、通常の理解を超える複雑な問題に取り組むことができるのです。私達の潜在能力を、最大限に引き出せるよう訓練することができれば、世界中の苦しみ、紛争や不和の原因となり、私達の心の奥底に根づいている汚れ、という本当の敵をはっきりと見ることができるでしょう。心を静めることさえできれば、この強力で根強い敵を追い払うことができます。これは不浄なものを完全に根絶するために、純粋な心を獲得する技術です。 汚れた考えに打ち勝つことができれば、自分や近しい人々の人生を、温かく安全な最終目的地へと、導く光になれるのです。世界中の人々がこれを実行できれば、それは何百万という光り輝く蝋燭となり、今、私達にその影を投げかけている闇を、明るく照らし出してくれることでしょう。欲や無知、怒りといった戦争のもとを無くすことができれば、これ等によってもたらされる悲惨な結果に苦しむことはありません。これが永続的な真の自由と世界平和を創造する道なのです。


平和と戦争の原点となる精神#3

 この世界には、常にテロの脅威にさらされ、恐怖の中で生活している人々もいます。いつ起こるかわからない次の攻撃を恐れながら、幸せや安心を感じることはありません。絶え間ない攻撃の脅威から逃れるため、彼らは自分達が敵と判断した人々に、先制攻撃を仕掛けます。一時的な救済を得る代わりに、彼らは自分たちが復讐の連鎖の中心にいることに気づきます。自らの行動により、どれくらいの間憎しみや恨みが、人々の心に留まるのかということを理解しなかったために、自分達が考えるよりも、もっと悲惨な結果がもたらされてしまうのです。歴史は私達に教えてくれます。戦争は平和ではなく大きな痛みをもたらし、人々の心や身体に深い苦しみや憎しみの根を植えつけてしまうということを。 私達が偏見のない精神を持てば、全ての人が自分の兄弟であると気づくでしょう。私達は皆、同じ空気を吸い、同じ雨雲がくれた水を飲んでいます。私達は同じ太陽、月、星を見ています。この世に生を得てからその最後の瞬間まで、私達は同じ地球に暮らしています。私達は皆、苦しみ、誕生、老いや死を共に経験しなければなりません。私達は皆、精神の弱みにつけこむ隙を、常に窺っている悪に対して弱い生き物です。私達は皆、業のもとに生きているのです。これほど共通点があるのですから、私達は互いに戦うべきではありません。もともと敵同士ではないのですから。

平和と戦争の原点となる精神#2


 人類の歴史を通して、私達は常に戦ってきました。それは第一次世界大戦、第二次世界大戦といった大きなものから、市民戦争、または、個人間での争いといった小規模なものまでさまざまです。人類が戦いを止めたことはありません。夜寝ている間にも、まだ太陽が輝いている世界の反対側では、国家と個人の間で、絶え間ない紛争が続いています。こちらが陽の光を浴びている間、その反対側の世界は闇に包まれ、終わることのない殺りくや暴力は、ただ場所を変えて続いています。
 このような終わりの見えない戦争や闘争は、人々の混乱し誤った考えによって引き起こされています。例えば、戦争を引き起こした者たちは、平和を築くために戦っているのだと言うでしょう。しかしながら実際は、戦争は身体的、精神的なダメージをもたらし、苦しみや死を生むだけです。戦争が平和をもたらすと唱えることは、火を消す一番の方法を、バケツに入ったガソリンを浴びせることだと言うようなものです。戦争は戦う者たちの敵意や憎しみをあおり、残虐行為を拡大させるだけです。平和の可能性は、私達の手の届かないところへ行ってしまうでしょう。 世界が争うことで、私達に恒久の平和が訪れることはありません。勝利はいつか敗北に変わります。征服された者は、負けを認める代わりに、怒りや復讐心を心に留めることでしょう。互いに抱いた不信感や憎しみにより、戦争が終わった後でさえも、征服者と被征服者は苦難から逃れることはできず、両者共にその敵意からもたらされた結末に、何世代にも渡り悩まされることでしょう。

平和と戦争の原点となる精神#1


 人間の経験は、心と身体という2つの重要な部分から構成されます。これら2つの要素は、この世に生を得た瞬間から死に至るまで、互いに連携しています。私達は多くの場合、意識が私達の考え、言葉、行動をコントロールしているという事実を知っています。これらの行動は尊敬に値するもの、高潔なものであったり、また、逆に恥ずべき行いであることもあります。正にこの理由から、私達の精神は戦争と平和という2つのスターティングポイントに置かれるのです。人々の心が欲や怒り、無知に侵されると、その思想は争いにつながります。ちっぽけなマッチの火が、家や更には街全体をも、完全に燃やし尽くしてしまうことができるように、多くの人に莫大な苦しみを与える世界の戦争や紛争は、全て心の中のともし火によって引き起こされているのです。

 精神が苦しみの源になり得るということは、穏やかで意志を持った精神は、個人やその家族、地域、社会、また世界中の人々に叡智、平和、無限の幸せをもたらす源ともなり得るはずです。精神が戦争の火付け役ともなり、また永遠の平和をもたらすこともできる、という事実を私達が認識すれば、平和は可能となるのです。


完全なる勝利へ

 

ダンマを完全に会得するというのは並大抵のことではありません。中道を辿ればダンマに一直線ですが、その道筋は計り知れない程に長いのです。しかし、それでも粘り強く進んでいくことで、やがては目的地に辿り着けるでしょう。正しさは悪しきものに打ち勝てるのです。できる限り多く功徳を為して波羅密を行っていく様にすれば、やがて心の悪しき面に打ち克つことができるようになるでしょう。決意が固まったなら、目的を達成していけます。強い決意をもってすれば、達成できないことなど無いのです。

 

心を拡大する

 私たちの人生の目的地への道程が長大なのに対して、人生は余りにも短いものです。善行を為し、人生の目的に向けて進む為の時間は限られているのです。視野を狭めず、広い視野を持つようにして下さい。世界全体を視覚化し、把握して下さい。強い決意をもってすれば、全てがなるようになるものです。